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堀辰雄文学記念館

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堀辰雄文学記念館

  明治37年東京に生まれ、昭和初期に活躍した作家 堀 辰雄は、大正12年19歳の時に軽井沢を訪れて以来、毎年のようにこの地を訪れるようになり、軽井沢を舞台とした数々の作品を残しました。昭和19年からは追分に定住し、この地に建てた家で昭和28年に49歳で亡くなりました。
 この記念館は、軽井沢をこよなく愛した作家、堀 辰雄に関する資料を展示・保管する文学館です。館内には、原稿・書簡・初版本・遺愛の品々が展示され、堀 辰雄の生涯と文学の背景を知ることができる展示室、辰雄が晩年を過ごした住居、愛蔵書が納められた書庫があります。閲覧室では堀 辰雄の著書や関係資料を閲覧することができ、この記念館を訪れることにより、堀 辰雄の文学に触れることができます。 また、記念館の周辺は堀 辰雄ゆかりのエリアで、散策を楽しむこともできます。


長野県北佐久郡軽井沢町大字追分662
0267−45−2050
9時 〜 17時 (入館は16時30分まで)
水曜日・祝日の翌日・ 年末年始 ※7月15日 〜10月31日は無休
大人400円 子ども200円 (追分宿郷土館と共通)


■堀辰雄
 堀辰雄(ほり たつお、1904年12月28日-1953年5月28日)は、昭和初期に活躍した日本の作家。東京都出身。府立三中から第一高等学校へ入学。高校在学中に室生犀星や芥川龍之介の知遇を得ます。一方で、関東大震災の際に母を失うという経験もあり、その後の彼の文学を形作ったのがこの期間であったといえます。
 東京帝国大学文学部国文科入学後、中野重治や窪川鶴次郎たちと知り合うかたわら、小林秀雄や永井龍男らの同人誌にも関係し、プロレタリア文学派と芸術派という、昭和文学を代表する流れの両方とのつながりをもちました。堀の作品の独特の雰囲気は、この両者からの影響をうけたことともつながっています。

 1926年に中野重治らと同人誌『驢馬』を創刊。 このころは、『水族館』などのモダニズムの影響を強くもった作品もあります。1930年に『聖家族』で文壇デビュー。 このころから肺を病み、軽井沢に療養することも多く、そこを舞台にした作品を多くのこしたことにもつながっていきます。

 1934年、矢野綾子と婚約しますが、彼女も肺を病んでいたために、翌年、八ヶ岳山麓の富士見高原療養所に二人で入院します。しかし、綾子はその冬に亡くなります。この体験が、堀の代表作として知られる『風立ちぬ』の題材となりました。このころから折口信夫から日本の古典文学の手ほどきを受け、王朝文学に題材を得た『かげろふの日記』のような作品や、『大和路・信濃路』(1943年)のような随想的文章を書き始めます。また、現代の女性の姿を描くことにも挑戦し、『菜穂子』(1941年)のような、既婚女性の家庭の中での自立を描く作品にも才能を発揮しました。

 戦時下の不安な時代に、時流に安易に迎合しない堀の作風は、後進の世代の中にも多くの支持を得ました。また、堀自身も後進の面倒をよくみました。立原道造・中村真一郎・福永武彦たちが堀の門下のような存在としてしられています。戦争末期からは病気も重くなり、戦後はほとんど作品の発表もできずに、信濃追分で闘病生活を送りました。

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